ナイトワークの事業承継

目次

1 はじめに

近年、中小企業における後継者不足や経営者の高齢化を背景として、事業承継の重要性が高まっています。ナイトワーク業界においても例外ではなく、店舗の継続的な運営や従業員の雇用維持、顧客基盤の承継を目的として、さまざまな形態の事業承継が行われています。
言うまでもないことですが、ナイトワーク事業は風俗営業等に関する法令の適用を受けるほか、現金商売であることや人材依存性が高いことなど、一般的な事業とは異なる特殊性を有しています。そのため、通常のM&Aや事業承継以上に慎重な検討が求められます。
ところが、ナイトワーク業界における事業承継の現場においては、一般企業のM&Aに比して、ビジネスの価値評価やリスク回避について十分な施策が執られているとはいえず、本来であれば高い経済的価値を有するはずのビジネスの流動化を阻害してしまっている実態があります。
そこで、ナイトワークにおける事業承継の種類やスキーム、その特殊性、売り手・買い手双方の留意点、デューデリジェンス(DD)の重要性、そして承継後に顕在化するリスクへの対応について考察し、ナイトワークビジネスの経済的価値に見合った適切な事業譲渡スキームを提示します。

2 事業承継の種類

ナイトワークにおける事業承継は、大きく二つに分類できます。
一つ目は、経営母体の変更に伴う事業承継です。これは第三者への売却やM&Aによって経営主体が変更されるケースであり、近年では後継者不足を背景として増加傾向にあります。
二つ目は、世代交代に伴う事業承継です。親族や社内の役員・従業員へ経営を引き継ぐ方法であり、店舗のブランドや経営方針を維持しやすいという特徴があります。
それぞれの承継方法にはメリットと課題が存在するため、事業の状況や目的に応じたスキーム選択が重要となります。

3 事業承継のスキーム

ナイトワーク業界の事業承継では、主に以下の手法が利用されます。

(1)株式譲渡

株式譲渡は、会社の株式を譲渡することで経営権を移転する方法です。会社自体は存続するため、契約関係や従業員との雇用関係を維持しやすい、会社の経営権移転とともに風営法の営業許可・届出も引き継ぐことが可能というメリットがあります。
一方で、過去の債務や法的リスクも包括的に引き継ぐため、十分な調査が必要です。特にナイトワーク業界では旧経営者による法令遵守が不十分な場合もあり、承継後に脱税の指摘を受けて多額の追徴課税を課されたなどという事例も生じているため、十分なリスク回避策が不可欠です。

(2)事業譲渡

事業譲渡は、店舗や営業資産、運営に必要なキャストなど事業に必要な財産のみを譲渡する方法です。株式譲渡とは異なり不要な資産や負債を引き継がずに済む反面、契約や許認可の引継ぎについて個別の対応が必要となります。
また、事業が法人化していない場合は株式譲渡の方法によることはできませんので、事業譲渡の手法が検討対象となることが多くなります。

(3)合併・会社分割

一般企業のM&Aでは合併会社分割などの手法も活用されますが、ナイトワーク業界の事業承継ではそのようなスキームが用いられることは多くありません。とはいえ、利用が不可能ということではなく、将来的に利用が広まっていく可能性はあるだろうと考えられます。

(4)経営権の譲渡

このほか、株式譲渡や資産譲渡といった形をとらず、経営権を取得しようとする人が旧経営者に一定の金額を支払うことで新経営者として参画し(店舗運営に携わる場合も携わらない場合もあります)、その後の店舗売上や利益から新経営者が一定割合を得るという合意をして、実質的に経営権の譲渡がなされることがあります。
この方法は法的な権利関係が不明確になりやすく、将来的な紛争につながる可能性があります。そのため、経営権譲渡に関する契約書を作成して契約内容を明確に定めることが重要となります。

4 ナイトワーク事業承継の特殊性

ナイトワーク事業の事業承継には、他業種にはない特有の検討課題があります。

(1)許認可の承継

営業形態及び事業承継の態様により、経営主体の変更に伴い、許認可について特別の検討が必要となります。特に、風営法上の許可・届出は許認可の承継が認められないため、事業承継を受ける側で新たな許可・届出の必要が生じます。そのため、承継前に法令上の要件を十分確認する必要があります。

(2)事業承継に関する契約書の不備

ナイトワーク業界で事業承継が行われる場合、一般企業のM&Aと比較して、契約書等の必要書類の整備が不十分である例が散見されます。事業承継の契約内容が不明確になってしまうと後日の契約トラブルを惹起することがありますし、そのような不明確な状態が将来的にも事業承継の流動性を阻害してしまうおそれもあります。
そのためナイトワーク業界においても、一般企業のM&Aと同程度に契約書その他の必要書類が整備され、契約内容及び権利関係の明確化が十分に確保される要請が高まっています。

(3)旧経営陣によるコンプライアンス体制の不備

前項とも関わりますが、事業承継前の経営体制において、十分なコンプライアンス体制が確保されていないリスクがあることに留意する必要があります。
例えば、承継前の事業活動で違法行為が行われて承継後に店舗が摘発を受けるといったリスクや、脱税が発覚して追徴課税を受けてしまうといったリスクが懸念され、これらのリスクに対処できるような契約内容としておく必要があります。

(4)事業の摘発リスク

違法行為により店舗が摘発されてしまうリスクは、事業承継前の事業活動だけでなく、事業承継後の事業活動によっても生じます。
ナイトワーク事業の事業承継を受けるにあたっては、それぞれの業態に応じて必要となる法的知識に基づき従業員に十分な教育を行うなどして、承継後に十分なコンプライアンス体制を築くことが必要となります。

(5)キーマン依存性の高さ

ナイトワーク業界の売上は、どうしても人気キャストや幅広い知識と人脈を有する営業責任者など、狭い範囲の特定の人物(キーマン)にビジネス全体の依存度が高くなりがちです。事業承継に伴いそのキーマンが離れてしまうと、事業承継によって期待された売上・収益が得られず採算に問題が生じます。
そのため、事業承継に伴いキーマンのスムーズな移籍を確保しておく必要があることに注意が必要です。

5 事業を承継しようとする側(セラー)に立った留意点

他者に事業を承継しようとするセラーの立場に立った場合、事業承継に臨む際の目標は、承継先から対象事業を適切に評価してもらって譲渡価額に反映させ、適切な金額での譲渡を完遂することです。
セラーは、事業価値を適正に評価してもらうためにも、日頃から対象事業のコンプライアンス体制を整備しておくことが重要です。税務・労務・法令遵守が適切に行われていることは、バイヤーからの信頼獲得にも繋がり、譲渡価額の向上に資するものです。
また、事業承継の交渉の際、バイヤーに対して適切な情報開示を行うことも重要です。問題点を隠したまま売却を進めると、後に表明保証違反損害賠償請求などの法的紛争へ発展する可能性があります。リスクを含めて誠実に開示する姿勢が、円滑な事業承継につながります。

6 事業承継を受けようとする側(バイヤー)からの注意点

セラーから事業承継を受けようとするバイヤーの立場に立った場合、事業承継に臨む際の目標は、対象事業の譲渡価額を適切に評価すること、事業運営に必要な資産や権利、キーマン等を確保することに加え、事業に内在する隠れたリスクを可能な限り洗い出してそのリスクに対処することです。
このうち特に隠れたリスクの洗い出しとその対処は、ナイトワーク業界の事業承継においてはまだ発展途上の段階にあり、十分な検証のないまま見切り発車での事業承継に至る例も少なくありません。
ですが、前項の「ナイトワーク事業承継の特殊性」でご説明したとおり、ナイトワーク事業こそ一般企業以上に様々なリスク要因が懸念されることが多く、対象事業に内在するリスクの高さに比例する形でリスクの検証作業も高度化していく必要があります。
そして、リスク検証作業で洗い出されたリスク要因を事業承継の契約書に条項として盛り込むことによって対処したり、リスクをセラーに示すことで譲渡価額の減額交渉が可能となったりするなど、検証結果はセラーとの交渉上も有利に働く余地があります。
このようにバイヤーの立場からは、対象事業に内在する隠れたリスクの洗い出しが非常に重要であり、次項でご説明する「デューデリジェンス(DD)」の実施が必要不可欠です。
残念ながら、ナイトワーク業界では現時点でDDの実施が一般化しているとは言えませんが、今後その手法が一般化していくことで事業承継が洗練されていくことが期待されます。

7 デューデリジェンス(DD)

事業承継に際しては、十分なDDによって対象事業に内在するリスクの検証・対処の実施が不可欠です。
DDの実施により、バイヤーから見れば自身が対象事業を譲り受けた後に不測の事態に陥ること(最悪、事業続行不能に陥ることも)を防ぐことができますし、セラーから見ても、リスク検証を経たという安心材料により高値での譲渡を見込むことができるというプラスの意義があります。
DDには様々な種類がありますが、ナイトワーク事業の事業承継において特に重要な意義を有するのは、①財務・税務DD、②法務DD、③労務DDです。
それぞれのDDごとに検証されるリスク要因が異なり、様々な専門家が検証作業に携わります。

① 財務・税務DD:売上の過大計上、簿外債務、脱税の有無など。税理士や公認会計士が担当することが多い。
② 法務DD:譲渡資産の権利確保、許認可、対象事業が抱える裁判など。弁護士が担当することが多い。
③ 労務DD:キーマンの移籍確保、未払い残業代など。弁護士や社会保険労務士が担当することが多い。

8 事業承継後の顕在化リスクへの対応

バイヤーが事業承継の契約を締結して承継を受けた後、想定していなかった不測の事態に陥ってしまう場合があります。本来はDD等によって事前にリスクを洗い出すことができていることが望ましいですが、それでもトラブルに陥る例がないわけではありません。
典型的なトラブル事例を説明します。

(1)対象事業の乗っ取り被害

事業承継の際の権利確保が不十分な場合、バイヤーがせっかく高額の対価を支払って事業承継を受けても、他者の手によって事業を突然乗っ取られてしまうことがあります。
株式譲渡など事業承継の権利関係が明確になっていれば、代表取締役の解任などを通じて乗っ取り被害に対処することができますが、そうではなく不明確な経営権譲渡に過ぎなかったりすると、不法な乗っ取り被害に対する対処方法が乏しく紛争が泥沼化してしまい、得られるはずであった収益を失ってしまうリスクがあります。

(2)簿外債務の発覚

二つ目は、簿外債務が発覚してしまうことです。未払残業代や税金、社会保険料などが承継後に判明することもあります。
通常、事業承継の契約書に対処のための条項を盛り込んでおき、万が一簿外債務が発覚したような場合は、契約を解除したり譲渡価額を減額する権利を行使して責任追及し、セラーからその分の返金を受けることで対処することが多いです。
ところが、事業承継の契約書がなかったり、あっても内容の検証が不十分だったりすると、承継後の簿外債務に対して泣き寝入りせざるを得ない例が頻発しています。

(3)事業の摘発

事業承継後に対象事業が摘発を受けてしまう場合もあります。事業承継前の行為に基づく摘発の場合と、事業承継後の行為に基づく摘発の場合があります。
バイヤーの立場からすると、前者はセラーに対する責任追及の問題を生じます。
一方、後者の場合はバイヤー自身のコンプライアンス問題となるため、そのような摘発を受けることのないよう、十分な社内教育その他の体制整備が求められます。

9 おわりに

ナイトワークの事業承継は、一般的な事業承継と比較して、許認可や法令遵守、人材依存性など多くの特殊性を有しています。そのため、売り手・買い手双方が十分な準備を行い、適切なデューデリジェンスや契約内容の整備を実施することが成功の鍵となります。
今後、業界の再編や後継者不足が進む中で、透明性の高い事業承継を実現することは、ナイトワーク業界全体の健全な発展にも大きく寄与すると考えられます。
当事務所は、事業承継とナイトワーク業界の双方に高い専門性を有する法律事務所として、高度な法的アドバイスを提供してお客様のために力を尽くします。お気兼ねなくご相談いただけましたら幸いです。

野口 明男 弁護士

監修者

野口 明男(代表弁護士)

開成高等学校卒、京都大学工学部卒。
旧司法試験に合格し、平成17年に弁護士登録後、日本最大規模の法律事務所において企業が抱える法律問題全般について総合的な法的アドバイスに携わる。平成25年に独立し法律事務所を設立、平成28年12月にアークレスト法律事務所に名称を変更し、誹謗中傷対策を中心にネットトラブル全般に幅広く関わる。
弁護士と企業とのコミュニケーションに最も重点を置き、中小企業の経営者のニーズ・要望に沿った法的アドバイス及び解決手段の提供を妥協することなく追求することにより、高い評価を得ている。
単に法務的観点だけからではなく、税務的観点、財務的観点も含めた多角的なアドバイスにより、事案に応じた柔軟で実務的な解決方法を提供する。