コラム退去時の減額交渉

賃借人が負担すべき退去費用の範囲と高額な請求をされたときの対処法

2024.07.05
賃借人が負担すべき退去費用の範囲と高額な請求をされたときの対処法

住んでいた賃貸住宅を退去する際に気になるのが退去費用です。長期間賃貸住宅で生活していると傷や汚れなども発生しますので、高額な退去費用を請求されるのではないかと不安になる方も多いと思います。
しかし、賃借人が負担すべき退去費用には、一定のルールがありますので、賃貸人から高額な退去費用を請求されたときには、ポイントを押さえて交渉することで退去費用を減額できる可能性があります。
本記事では、賃貸住宅の退去時にトラブルになりがちな退去費用に関して、賃借人が負担すべき範囲やあまりにも高すぎる退去費用を請求されたときの対処法などを解説します。

アパート・マンションの退去時に発生する退去費用とは?

アパートやマンションの退去時には、賃貸人から退去費用を請求されることがあります。このような退去費用を請求されるのは、賃借人に原状回復義務があるからです。
原状回復義務とは、賃貸借契約終了時に賃貸住宅に生じた傷や汚れを修繕し、元の状態に戻す義務をいいます。賃借人の原状回復義務は、以前は明文の規定がなかったため、賃貸借契約の性質上生じる義務と考えられていました。しかし、2020年4月1日施行の改正民法により賃借人の原状回復義務が明文化され、賃借人の原状回復義務とその内容が明確になりました(民法621条)。
賃貸住宅の退去費用は、トラブルになりやすい項目の一つですので、どのような範囲で原状回復義務を負うのかをしっかりと理解しておくことが大切です。

賃借人はどこまで負担する?退去費用の範囲

賃借人に原状回復義務があるといっても、賃貸住宅を入居時の状態に戻さなければならないわけではありません。では、賃借人はどのような範囲で原状回復義務を負うのでしょうか。以下では、賃借人が負担すべき退去費用の範囲を説明します。

経年変化・通常損耗は賃貸人の負担

経年変化や通常損耗による損傷は、賃借人の原状回復義務には含まれないため、賃借人が退去費用として負担する必要はありません。通常損耗とは、賃借人による通常の使用で生じる損耗のことをいいます。すなわち、賃借人が普通に生活していて生じた傷や汚れについては、退去費用には含まれてないということになります。
経年変化・通常損耗にあたるものとしては、程度問題にはなりますが、以下の例が挙げられます。

  • 家具の設置による畳、床、カーペットなどのへこみ

  • テレビや冷蔵庫の裏にできた電気ヤケ

  • 直射日光による床や壁の変色

  • カレンダーやポスターなどを貼った画鋲やピンの跡

  • 設備機器の寿命による故障
  • 通常の使用を超える使用により生じた損耗等は賃借人の負担

    通常の使用を超える使用により生じた損耗等を「特別損耗」といいます。賃借人が故意または過失により賃貸住宅を汚したり傷つけたりした場合は、特別損耗にあたり、原状回復費用(退去費用)を負担しなければなりません。
    特別損耗にあたるものとしては、以下の例が挙げられます。

  • 食べ物や飲み物をこぼしてできたカーペットのシミ

  • 賃借人の不注意で雨が吹き込んだことで生じたフローリングの色落ち

  • 引っ越し作業などでついた傷

  • タバコによる臭いやヤニ汚れ

  • 落書きなどの壁紙の汚れ

  • ペットがつけた傷や臭い

  • 結露を放置したことで生じたカビ

  • 鍵の紛失または破損
  • 通常損耗と特別損耗のどちらにあたるかは、使用方法や汚損の原因などに基づき事案ごとに判断する必要があります。
    国土交通省が公表しているガイドライン(https://www.mlit.go.jp/common/001016469.pdf)を参考にしてみるとよいでしょう。

    退去費用に関する特約の有効性

    民法621条の賃借人の原状回復義務は、任意規定と考えられていますので、当事者間の特約により上記とは異なる原状回復義務を定めることも可能です。実務では、経年変化・通常損耗部分についても賃借人の退去費用に含める旨の特約が設けられることがあります。
    このような賃借人の責任を加重する特約については、常に有効とすると賃借人の負担があまりにも大きくなってしまいます。そこで、以下の要件を満たす場合に限り有効となります。

    ・賃貸借契約書に負担すべき退去費用の範囲や金額が具体的に明記されていること

    ・賃貸借契約書に明記されていない場合には、賃貸人から説明を受け、賃借人がその内容を明確に認識し、合意内容になったといえること

    たとえば、「経年変化や通常損耗による修理費用は、賃借人が負担する」という内容の特約では、賃借人が負担すべき金額が明らかになっていないため、特約は無効になる可能性があります。

    このように賃借人に不利な特約があったとしても、内容によっては特約の効力が否定されることもあります。そのため、特約があるからといってすぐに諦めてしまうのではなく、特約の内容を精査することが重要です。

    高額な退去費用を請求された場合の対処法

    賃貸人から高額な退去費用を請求されたときはどのように対処したらよいのでしょうか。以下では、高額な退去費用を請求された場合の対処法を説明します。

    退去費用の明細書を請求する

    賃貸人から請求された退去費用が高すぎると感じたら、賃貸人に対して、退去費用の明細書を請求してください。明細書がない場合はもちろん、簡単なものしかない場合、どのような項目にいくらかかっているのかわからず、適正な退去費用であるかどうかの判断ができません。
    高額な退去費用を争うにあたって、退去費用の明細書は不可欠なものとなりますので、必ず請求するようにしましょう。

    経年変化や通常損耗部分を区別する

    賃貸人から退去費用の明細書を入手したら、退去費用の内訳を確認します。

    高額な退去費用を請求される事案では、本来賃貸人が負担すべき経年変化や通常損耗部分についても賃借人の負担になっていることがあります。そのため、退去費用の明細書を確認する際には、特別損耗部分と経年変化・通常損耗部分を区別して、賃借人が負担すべき範囲を明確にするのがポイントです。
    ただし、賃貸借契約書に退去費用の特約が設けられている場合には、特約が優先される可能性がありますので、契約書の内容もしっかりとチェックする必要があります。

    賃貸人との交渉で減額を求める

    退去費用に賃借人が負担すべきもの以外が含まれている場合には、賃貸人との交渉で退去費用の減額を求めていきます。
    賃貸人との交渉では、単に「退去費用が高すぎる」と言うのではなく、明細書の具体的な項目を指摘して賃借人が負担すべき費用ではない旨を伝えるようにしましょう。賃貸人との交渉で、賃貸人が退去費用の減額に応じてくれればよいですが、減額に応じてくれない場合には、後述する法的手段も検討する必要があります。

    法的手段を検討する

    当事者同士の話し合いで解決できないときは、以下の法的手段を検討します。

    ・民事調停

    ・民事訴訟

    民事調停とは、当事者同士の話し合いでトラブルの解決を図る簡易裁判所の手続きです。裁判のように勝ち負けを決めるのではなく、お互いが歩み寄ってトラブルの解決を図ります。民事調停では、国土交通省が公表しているガイドラインが一応の指針になりますので、ガイドラインを無視した高額な退去費用を請求されているようであれば、調停委員による説得で賃貸人が退去費用の減額に応じてくれる可能性があります。

    民事訴訟とは、当事者の主張立証を踏まえて、裁判所が勝ち負けを判断する手続きです。通常は、金銭の請求をする側が原告となって訴えを提起しますが、債務不存在確認訴訟といって、債務が存在しないことの確認を求める裁判も認められています。そのため、高額な退去費用を争う場合には、賃借人から債務不存在確認訴訟を提起することになります。

    賃貸物件の退去費用に関するトラブルは弁護士に相談を

    賃貸物件の退去費用に関するトラブルでお困りの方は、弁護士に相談することをおすすめします。

    退去費用の正当性について判断できる

    賃貸人から請求された退去費用が高いと感じても、一般の方ではどの部分に問題があるかを把握するのは難しいといえます。退去費用の正当性を判断するためには、過去の裁判例やガイドラインに関する正確な知識が不可欠となりますので、まずは専門家である弁護士に相談してみましょう。
    弁護士であれば、退去費用の各項目をチェックして、どの部分が問題であるかを法的な観点から判断することができます。賃借人が負担する必要のない退去費用を支払ってしまう前に、弁護士に相談するようにしましょう。

    代理人として賃貸人と交渉ができる

    退去費用の減額を求める場合には、賃借人自身で賃貸人と交渉をしなければなりません。しかし、不慣れな方では、どのように交渉すればよいかわからず、不利な条件であることに気付かず和解に応じてしまうリスクもあります。
    弁護士に依頼すれば、弁護士が代理人として賃貸人との交渉を行うことができますので、そのようなリスクを回避できます。また、賃借人は、賃貸人との交渉をする必要がありませんので、交渉による精神的負担も大幅に軽減できるでしょう。

    不当な退去費用であれば減額ができる可能性がある

    賃貸物件からの退去にあたって賃借人は、引っ越し費用や新たな物件の初期費用など大きな出費を強いられます。それに加えて高額な退去費用まで負担しなければならないのは、経済的にも大きな負担となります。
    しかし、賃貸人から不当な退去費用を請求されているのであれば、しっかりと争うことで減額できる可能性があります。

    まとめ

    賃貸物件の退去時には、退去費用に関して賃貸人と賃借人との間でトラブルが生じるケースも少なくありません。退去費用に関するトラブルは、国土交通省のガイドラインに従って解決していくことになりますが、賃貸借契約に退去費用に関する特約がある場合には、特約の有効性も踏まえて検討していく必要があります。
    そのためには、法的知識や経験が不可欠となりますので、退去費用のトラブルに詳しい弁護士に相談するのがおすすめです。

    高額な退去費用を請求されてお困りの方は、まずは当事務所までご相談ください。

    高額な退去費用にお悩みでしたら、弁護士にご相談してみませんか?
    野口 明男 弁護士

    監修者

    野口 明男(代表弁護士)

    開成高等学校卒、京都大学工学部卒。
    旧司法試験に合格し、平成17年に弁護士登録後、日本最大規模の法律事務所において企業が抱える法律問題全般について総合的な法的アドバイスに携わる。平成25年に独立し法律事務所を設立、平成28年12月にアークレスト法律事務所に名称を変更し、誹謗中傷対策を中心にネットトラブル全般に幅広く関わる。
    弁護士と企業とのコミュニケーションに最も重点を置き、中小企業の経営者のニーズ・要望に沿った法的アドバイス及び解決手段の提供を妥協することなく追求することにより、高い評価を得ている。
    単に法務的観点だけからではなく、税務的観点、財務的観点も含めた多角的なアドバイスにより、事案に応じた柔軟で実務的な解決方法を提供する。