アイデンティティ権とは

アイデンティティ権とは、「他者との関係において人格的同一性を保持する利益」です。わかりやすくいうと「他人になりすまされない権利」といえます。つまり第三者により自分になりすまされてさまざまな情報を発信され、本人となりすました第三者を混同される状況が発生するとアイデンティティ権の侵害となります。

アイデンティティ権が問題となるのは、主にネット上での「なりすまし被害」のケースです。SNS上でなりすましアカウントが現れて本人のフリをして迷惑行為やさまざまな情報発信をした場合、従来は「プライバシー権侵害」「名誉権侵害」などとして対応が行われてきました。

しかし、ときにはプライバシー権も名誉権も侵害しないなりすまし犯が存在します。単になりすまして、個人情報も明らかにせず社会的評価を下げることもしないけれど、本人の意図とは異なる投稿を続けられる場合などです。このような場合、従来の枠組みではなりすまし犯の責任を追及できません。

そこで裁判所は「アイデンティティ権」の存在を認め、一定の場合にはなりすまし行為そのものに責任を追及できる可能性を提示しました(大阪地裁平成28年2月8日)。ただしこの判決では、結論的として、なりすまし犯によるアイデンティティ権の侵害を否定しています。

アイデンティティ権の考え方が定着すると、名誉権やプライバシー権の侵害がなくても、単になりすまされただけで投稿を削除させたり投稿者を特定したりできるようになる可能性があります。