退去時の減額交渉

オフィス・事務所の原状回復はどこまで必要?原状回復工事のガイドラインと注意点を解説します

2025.10.08
オフィス・事務所の原状回復はどこまで必要?原状回復工事のガイドラインと注意点を解説します

オフィスや事務所、店舗を移転する際、よく問題となるのが「原状回復」です。原状回復とは、退去時に入居前の状態に戻す工事を指しますが、どこまで行う必要があるのか、費用は誰が負担するのかといった点でトラブルが発生しやすい分野です。

特にオフィスや事務所、店舗の場合は、住居用賃貸ではなくガイドラインが明確でないこと、そして居住用ではなく使用の態様が多様であることなどから「どちらが費用を負担するのか」でもめることも珍しくありません。

トラブルになった場合は、契約内容や裁判例に基づいた判断をする必要がありますが判断が難しい部分もあります。この記事では、オフィス原状回復の範囲や基準、注意点を詳しく解説し、事業者が適切に対応するためのポイントを紹介します。

オフィス移転時に必要な「原状回復」とは?

オフィスを退去する際に避けて通れないのが原状回復義務です。原状回復は単なる補修や清掃ではなく、法律上のルールや契約内容に基づいて行われるものであり、場合によっては多額の費用負担が発生したりなど、トラブルにつながることも少なくありません。

オフィスでも居住用の住宅でも、原状回復は、借主が賃貸借契約終了時に、借りたときの状態に戻して明け渡すことをいいます。オフィスや店舗であれば、パーティションや什器の撤去、カーペットやクロスの張替え、配線や照明設備の復旧などが挙げられます。また、借主が内装工事を行った場合は、スケルトンといって、内装工事をする前の状態に戻すよう求められることもあります。

ただし、もちろんすべての損耗を借主が負担するわけではなく、通常使用に伴う劣化については原状回復の対象外とされるのが原則です。また、自然劣化によるものや風水害が原因である場合は、借主は責任を負わないのが原則です。

つまり、なにもかもすべてのダメージについて借主が修理をして退去しなければならないというわけではありません。この線引きをしっかりと理解しておかないと、過剰な請求を受けてしまう可能性があるのです。

オフィスの原状回復の範囲と基準|原状回復ガイドラインとは?

オフィスの原状回復範囲を考える際には、国土交通省の「原状回復ガイドライン」が参考にされることがあります。しかし、このガイドラインは居住用物件を対象としたものであり、オフィスのためのガイドラインではありません。とはいえ、実務においては、このガイドラインが準用されるケースもあり、ひとつの原状回復の基準として押さえておく必要があります。

原状回復ガイドライン(国交省)とは?

国土交通省が発表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、居住用賃貸住宅における退去時の費用負担を明確にしてトラブルを減らす目的で策定されました。このガイドラインでは「通常損耗や経年劣化は貸主負担」とはっきりと定められています。

ただし、ガイドラインはオフィスや事務所、店舗を対象にしていないため、必ずこのガイドラインが適用されるというわけではありません。ですが、実務ではこのガイドラインが、参考資料として扱われることが多く、オフィスの原状回復でも「通常損耗は借主負担とならない」という原則は準用されるケースが多くなっています。

オフィスの原状回復の範囲

では、オフィスの原状回復の範囲はどの程度なのでしょうか。

まず、原状回復の範囲は契約書や特約、使用用途などによって大きく異なります。 基本的には入居時の状態に戻すことが原則です。ただし、経年劣化や通常の使用による摩耗まで借主に負担させることはできません。経年劣化によるダメージは、仮にその物件を誰も賃貸していなくても発生するものですので、借主が負担する部分ではありません。

もし、経年劣化によるダメージを借主が負担すると、家主はその部分において得をすることになります。これは、賃料を支払って使用収益している賃貸契約においては健全とはいえません。

原則:通常損耗は原状回復の対象外

原状回復の基本的な考え方として、「通常損耗」や「経年劣化」については借主が負担しない という原則があります。通常損耗とは、借主が社会通念上普通に使用していれば不可避的に発生する損耗のことを指します。

・カーペットの日焼けや色あせ
・机や椅子の設置によるへこみ
・長期間使用によるクロスの変色
・空調機器の経年による性能劣化
・ドアノブやスイッチ部分の自然な摩耗

上記はその代表例といえるでしょう。
こうしたダメージは、借主の故意・過失、あるいは善良なる管理者の注意義務違反によって生じたものではなく、時間の経過や通常の使用に伴う自然な消耗であるため、貸主側が修繕・交換する責任を負います。

オフィスの場合、複数人が頻繁に出入りするため、住居用物件よりも摩耗のスピードが早いケースもあるでしょう。しかし、これも「通常の利用に伴う劣化」と評価される限り、借主に費用負担は生じないと考えられます。

ここで、注意したいのが、通常損耗と借主の過失による損傷の境界です。例えば、カーペットにコーヒーをこぼしてシミを作った場合は過失による汚損とされ、借主が負担する可能性が高くなります。一方、長年使用して起きた全体的な色あせや摩耗は通常損耗に含まれるため、借主に修繕義務はありません。

この区別を明確にしておかないと、「本来は貸主が負担すべき部分まで請求される」といったトラブルに発展しかねません。そのため、入居時点での状態を写真などで記録しておくことは、後々の証拠として極めて有効です。

例外:特約がある場合は契約に従う

原状回復では、契約書に特約条項が設けられている場合、原則としてその内容に従うのが原則です。たとえば「クロスの全面張替えは借主負担とする」「退去時には床材をすべて交換する」といった条項は典型例です。これらの特約が有効と認められれば、通常損耗にあたる部分であっても借主が費用を負担しなければなりません。

ですが、事業者が貸主に比べて交渉力で劣る場合や不動産賃貸に関しての知識がない場合もあります。大雑把な説明で「形式的に署名させられただけ」の特約は無効と判断されるケースもあります。

理想を述べるのであれば、契約時に「どこまで原状回復する必要があるのか」を詳細に確認し、曖昧な条項がある場合には修正を求めたり、合意書に明文化しておくことが望ましいでしょう。例えば「カーペットは全面ではなく汚損部分のみ負担する」 といった限定合意にすることで、不必要な費用を防げます。

特約の有効性をめぐって争いになった場合は、過去の判例にしたがって判断する必要があります。こうした意味でも、契約時の物件の状態を保管しておくこと、やりとりを記録しておくことは有効です。

オフィスの原状回復に関する特約の効力

オフィスの原状回復をめぐる最大のポイントのひとつが契約時の「特約」の効力です。契約書に記載されている条項がどこまで有効なのかを理解しておくことで、不要な費用負担を避けることができます。

特約の有効性については、最高裁平成17年12月16日判決が重要な指針となります。この判例は居住用物件に関する事案ですが、オフィス契約にも影響を及ぼすと考えられています。

この裁判では、通常損耗特約という「通常使用でついた傷などの原状回復を借主が負担するという特約が有効か」が争われました。
そして、裁判所の判断によれば、特約が有効となるためには以下の条件が必要とされました。

  • 賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されていること
  • 賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、通常損耗特約が明確に合意されていること

この基準に照らせば、形式的に記載されただけの条項や、説明が不十分なまま押し付けられた合意は無効となる可能性があります。
したがって、契約時には特約条項を十分に確認し、疑問があれば交渉や修正を求めることが重要です。

オフィスの原状回復をする際に注意すべきポイント

オフィスの原状回復は、費用も高額になりやすく、トラブルに発展するケースが多い分野です。実務で対応する際には、次の点に注意して進めることが求められます。

原状回復費用に見積もりが適正額であるか確認する

貸主や管理会社から提示される見積額は、必ずしも適正とは限りません。特にオフィスの原状回復工事は数十万円から数百万円にのぼることもあり、詳細が不明確なまま請求されるケースもあります。

一例ですが「内装一式」や「設備復旧一式」といった大雑把な記載では、どの工事にいくらかかっているのか分かりません。具体的にどんな工事にいくらかかるのかを確認し、納得できない場合は内訳の提示を求めることが重要です。

また、国土交通省の統計や業界団体の基準単価を参考にして、相場と見合った見積もりであるかを判断することも大切です。

原状回復費用に関する相見積もりを取得する

原状回復費用が高額になりやすいオフィスでは、相見積もりは有効です。複数の施工業者に依頼することで、以下のメリットがあります。

・適正価格の幅を把握できる
・工事項目の過不足を比較できる
・値引き交渉の材料にできる

実務では、貸主指定の業者以外からも見積もりをとることで、大きな価格差が現れることも珍しくありません。比較検討を行ったうえで、合理的な範囲で修正を求めるようにしましょう。

指定業者以外を利用できるかどうか確認する

契約書に「原状回復は貸主指定の業者によって行うこと」と定められているケースもあるでしょう。

ですが、業者の指定に合理性(安全性や迅速性など)があること、そして、相場より明らかに高額である場合は価格について説明を求め適正価格で施工してもらうことはお金を払う側の権利となります。
つまり、契約で業者が指定されているからといって、必ず要求された工事を見積もりの価格で発注しなければならないというわけではないのです。

指定業者条項がある場合は、以下の点を確認するのが有効です。

・指定業者の見積額が相場に比べて不当に高額でないか
・契約交渉時に指定業者条項について十分な説明を受けているか
他業者の見積もりとの差額はどのくらいか

こうした点を明らかにすることは発注時の交渉材料となるため、結果的にコスト削減や柔軟な工事選択につながります。

オフィスの原状回復でお困りの際は弁護士に相談を

原状回復をめぐる問題は、法律・契約・工事費用といった複数の要素が絡むため、専門家による総合的な判断が必要です。特に高額な費用請求や特約の有効性をめぐってトラブルが生じた場合には、弁護士に相談することで適切な対応策をとることができます。

弁護士は、契約内容や判例に基づいて妥当性を判断し、交渉や訴訟の代理を行うことが可能です。また、家主や管理会社との交渉を弁護士が代行するため、直接やりとりする精神的なストレスを減らすこともできます。

原状回復のトラブルが発生した場合は、早めに専門家に相談することで、不要な負担やリスクを避けられます。

まとめ

オフィスや事務所、店舗の原状回復は、契約内容や特約によって範囲が大きく変わるため、正しい知識を持つことが不可欠です。原則として通常損耗は借主負担ではありませんが、特約によって負担を求められるケースもあり得ます。ですので、契約時に、退去するときの義務についてもしっかり確認し合意しておくことが大切です。

さらに、費用見積もりの妥当性や業者指定条項の有効性など、実務上の注意点も多く存在します。退去時の原状回復のトラブルを防ぐためには、契約内容を十分に確認すること、不当な請求に直面した際には弁護士に相談することが有効です。

原状回復を適切に行うことは、事業継続や新たなオフィスでの円滑なスタートにも直結します。事業者のリスク管理の一環として、しっかりと準備と対応を行うことが求められます。
弁護士法人アークレスト法律事務所では、オフィスの原状回復についてのご相談をお受けしています。経験豊富な弁護士が対応いたしますので気軽にご相談ください。

野口 明男 弁護士

監修者

野口 明男(代表弁護士)

開成高等学校卒、京都大学工学部卒。
旧司法試験に合格し、平成17年に弁護士登録後、日本最大規模の法律事務所において企業が抱える法律問題全般について総合的な法的アドバイスに携わる。平成25年に独立し法律事務所を設立、平成28年12月にアークレスト法律事務所に名称を変更し、誹謗中傷対策を中心にネットトラブル全般に幅広く関わる。
弁護士と企業とのコミュニケーションに最も重点を置き、中小企業の経営者のニーズ・要望に沿った法的アドバイス及び解決手段の提供を妥協することなく追求することにより、高い評価を得ている。
単に法務的観点だけからではなく、税務的観点、財務的観点も含めた多角的なアドバイスにより、事案に応じた柔軟で実務的な解決方法を提供する。