インターネット上で誹謗中傷を受けたとき「名誉毀損罪で訴えることができるのでは?」と考える方も多いでしょう。確かに、悪質な投稿については、名誉毀損罪等の犯罪に該当する可能性があります。そして、刑事告訴を行うことで再発防止の効果が期待できます。
匿名で使用されている投稿であっても手続きをすれば発信者情報開示請求ができますし、警察の捜査で投稿した人物を特定できる可能性もあります。
この記事では、刑事上の名誉毀損罪が成立するための要件を分かりやすく解説します。そして、誹謗中傷などの被害に遭った際に弁護士へ相談するメリットについてもご説明します。
なお、名誉毀損には刑事事件としての名誉毀損罪と、民事事件としての損害賠償請求があります。本記事は刑事事件としての名誉毀損罪を中心に説明します。両者の要件や対応方法には共通点と相違点がありますので、その点も念頭に置いてください。
目次
名誉毀損罪は刑法230条1項に規定されています。
「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する」
これを分解すると、名誉毀損罪の成立には以下の3つが必要です。
「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した」(刑法230条1項)
公然と
事実を適示
人の名誉を毀損した
つまり「ネット上で悪口を言われた」「文句を言われた」というだけでは刑法上の名誉毀損にはならないこともあるのです。
刑法が定めている名誉毀損罪の要件についてひとつずつ解説します。
ここでいう「公然」とは、不特定または多数の人が内容を見聞きできる状態にあることを指します。ポイントは「誰でも見ることができる」または「相当数の人がアクセスできる状態」であることです。
例:
SNS(X、Instagram、Facebookなど)での公開投稿
匿名掲示板(5ちゃんねるなど)での書き込み
誰でも閲覧できるブログ記事
YouTubeなどの動画
つまり、インターネット上の投稿は原則としてこの要件を満たしているケースが多いといえるでしょう。
他方で、LINEの1対1のやり取りや、ごく少数の限定メンバーのみが見られる環境であれば「公然」に該当しない場合があります。
「摘示」という聞き慣れない言葉ですが、これは具体的事実を相手に示すということです。ここでいう「事実」とは、すでに発生している出来事のことで、真偽の判断が可能なものです。
例:「〇〇は△△会社の資金を横領した」
「〇〇は部下の××と不倫している」
こうした内容は事実を具体的に述べているといえます。
ですが、一方で「○○はバカだ」「服のセンスが悪い」といった抽象的な内容の悪口は「具体的事実を摘示した」とは言えません。
要件の最後の「人の名誉を毀損した」ですが、これは「社会的な評価を低下させる内容が必要」ということです。
名誉毀損罪が守っている「名誉」とは、世間一般からの社会的評価です。つまり、名誉毀損罪が成立するためには、その人や企業などに対する信頼や評判を低下させる内容であることが必要です。
たとえば、「〇〇は△△会社の資金を横領した」という誹謗中傷を受けた場合、名指しされた〇〇さんの社会的な地位が低下することになります。このように、名誉毀損罪が成立するためには、社会的な地位を低下させるほどの誹謗中傷がなされたことが求められます。
ですが、「〇〇は要領が悪くて仕事が遅い」という発言であれば、ただ悪口を言っただけということになります。
つまり、「誰でも見られる状態(公然)で事実を公表(事実を摘示)して社会的な地位を下げる(人の名誉を毀損した)」という3つの要件をすべて満たした場合に成立するのです。
インターネット上での誹謗中傷は、名誉毀損罪だけでなく、場合によっては侮辱罪に該当するケースがあります。
このふたつの犯罪は似ているようにも思えますが、成立の条件などに違いがあります。ここでは、その違いを具体例を交えて解説します。
名誉毀損罪は、前述したとおり、特定の人物や法人の「具体的な事実」を「公然」と示すことで、その人物や法人の社会的評価を低下させた(させるおそれがある)場合に成立します。
一方、侮辱罪は、事実を摘示せずに、抽象的な悪口などで社会的評価を低下させた(させるおそれがある)場合に成立します。つまり、具体性がない表現でも、その発言が社会的評価を損なうものであれば対象となります。
例: 「〇〇は無能だ」
「〇〇はグズだ」
このような表現は侮辱罪に該当する可能性がありますが「事実の摘示」がないため名誉毀損罪には該当しません。
名誉毀損罪と侮辱罪の違いは「事実を摘示」があるかどうかです。
侮辱罪は、事実を摘示せずに他人の社会的評価を低下させた(おそれがある)場合に成立します。
つまり「〇〇は会社のお金を横領している」という投稿は、事実を摘示していますので名誉毀損罪の対象となりますが、「〇〇は無能だ」という投稿は、事実の摘示がない悪口となるため侮辱罪の対象となります。
名誉毀損罪と侮辱罪は、似ているように思えますが違う犯罪であるため法定刑も異なります。
・名誉毀損罪の法定刑(刑法230条)
3年以下の懲役または禁錮
50万円以下の罰金
・侮辱罪の法定刑(刑法231条)
1年以下の懲役または禁錮
30万円以下の罰金
拘留または科料
こうして比較すると、事実の摘示が伴わない侮辱罪の法定刑については、名誉毀損罪の法定刑よりも軽くなっていることがわかります。
なお、侮辱罪の法定刑については、インターネット上の誹謗中傷が社会問題になっていることを受けて、2022年7月7日から厳罰化されました。
前述のとおり、名誉毀損罪は、社会的な評価を低下させるような具体的事実を「公然と摘示」した場合に成立します。しかし、すべてのケースが名誉毀損罪として処罰されるわけではありません。
たとえば、社会的に重要な事実を公益の目的で公表しそれが真実だった場合は、当事者の社会的な評判を下げる内容であっても処罰されないことがあるのです。これは、刑法に一定の条件を満たす場合に「社会的に正当な行為」として、名誉毀損罪の成立を否定する違法性阻却事由があるためです。
名誉毀損罪の成立要件を満たしている場合でも、違法性阻却事由に該当すれば処罰されることはありません。
違法性阻却事由を定めた刑法230条の2では、次の3つの要件をすべて満たす場合には、処罰されないことが定められています。
● 公共の利害に関する事実があること(公共性)
● 公益の目的があること(公益目的)
● 事実が真実であることの証明があること(真実性)
では、この違法性阻却事由について詳しくみていきましょう。
「公共性」とは、多くの人々の利益や社会的関心にかかわる事実で、その事実を公表することが社会的に正当であると認められる場合を指します。
● 政治家や公務員の職務における不正
● 大企業による極めて重大な法律違反や不祥事
● 公共の施設や交通機関などの安全性に関する重大な問題
● 私人の私生活や交友関係
● 恋愛事情や家族関係などのプライバシー情報
公共の利害に関する事実とは、多数の人の社会的利害に関係する事実のことです。単なる好奇心ではなく、その事実を知りたいと思うことが社会的に正当と認められることをいいます。
一般的に、政治家などの公人に関する事柄や私人であっても社会的影響力の大きいとされる大企業の経営者、宗教団体の幹部などに関する事柄であれば公共性が肯定される傾向にあります。たとえば、政治家の汚職事件や企業による消費者被害やパワハラなどを公にすることは、公共性が認められるでしょう。
しかし、単なる私人の私生活上の恋愛事情やプライベートな事実であれば公共性が否定される可能性が高いです。
「公益目的」とは、その事実を公表する目的に公共性があること。つまり、公表することで社会の利益が守られるケースです。ですので、個人的な恨みや嫌がらせが目的の場合は、公益目的とは認められません。
● 消費者に危険な商品の欠陥を知らせる
● 公共施設の重大な欠陥を告発する
● 元交際相手への腹いせとして過去の行動を暴露する
● 競合企業の評判を落とすために内部情報を流す
一般的には、公共性が認められるケースでは、公益目的も合わせて認められることが多くなります。ただし、動機や経緯についても重要な判断基準となります。
「真実であることの証明」とは、摘示された事実の重要な部分が真実であることを証明できることです。ここでいう「重要部分」とは、その発言全体を左右する主要な部分を指します。
ただし、もし事実の証明ができなくても、発言者がその内容を真実と信じたことに相当な理由がある場合(十分な調査や確実な資料に基づく誤信)は、処罰されないケースもあります。
ここまで、名誉毀損罪が成立するケースと、違法性阻却事由によって成立しないケースを解説しました。ここから、インターネット上の投稿や書き込みで名誉毀損罪が成立する代表的なケースを紹介します。
インターネット上の口コミサイトやSNSは、匿名で投稿できるため、事実と異なる内容が掲載されることがあります。
例:
「〇〇店で食事をしたら、ゴキブリが混入していた」
「〇〇店の食材が腐っていて、食中毒になった」
事実に基づかない虚偽の投稿をすると名誉毀損罪が成立する可能性があります。これは、店舗の評判や売上に重大な影響を与えるため、名誉毀損罪が成立する可能性が高いといえます。
匿名掲示板やSNSで、個人を特定できる情報とともに事実を摘示すると名誉毀損罪に該当する可能性があります。
例:
「〇〇さんは会社の同僚と不倫している」
「〇〇さんは以前、会社の金を横領して逮捕されたことがある」
こうした、公共性や公益目的がなく、単なる中傷目的であれば名誉毀損罪が成立し得ます。
匿名で投稿した場合でも発言したことに対する責任を免れることはありません。IPアドレスや発信者情報の開示請求により、投稿者の特定が可能です。
特にインターネットは拡散性が高く、被害が深刻化しやすいため、発信前に内容についてよく考えることが重要です。
インターネット上で誹謗中傷や虚偽の情報を流されるといった被害を受けた場合、できるだけ早く弁護士に相談することをおすすめします。
インターネット上の情報は拡散力が大きく、放置すれば被害が拡大して、回復が極めて困難になるおそれがあります。
インターネット上の投稿は、匿名で行われるため、投稿内容だけでは加害者の氏名や住所などを特定することはできません。しかし、被害者が投稿者に法的責任を追及するためには、まず加害者が誰なのかを明らかにする必要があります。
投稿者を特定するためには、発信者情報開示請求という手続きが必要です。発信者情報開示請求は、インターネットプロバイダやサイト運営者に対して、IPアドレスや契約者情報の開示を求めるもので、多くの場合は裁判所への仮処分や訴訟を経て行われます。
こうした手続きをするためには、専門的な法律知識と経験が必要です。弁護士に相談すれば、必要な証拠収集から申立書の作成、裁判所とのやり取りまで、迅速かつ確実に進めることができます。
発信者情報開示請求はあくまでも投稿者の特定作業です。
投稿者を特定したあとで、慰謝料などの損害賠償の請求に移ります。この場合は、加害者との示談交渉と、場合によっては訴訟を提起するケースもあります。
相手との交渉は、感情的なやり取りになってしまうケースも少なくありません。第三者である弁護士が代理人となり、法律的な視点で対応することで、スムーズな交渉が可能になります。
もし交渉で双方が納得できない場合は、裁判所に訴訟を起こすことになります。訴訟提起することになっても、弁護士が代理人となるため精神的負担や手間を大幅に軽減できます。
加害者を刑事告訴する場合は、警察に告訴状を提出します。警察は告訴状の内容や証拠の確実性を慎重に判断するため、準備不足では受理されないこともあります。
弁護士に依頼すれば、告訴状の作成から証拠資料の整理、警察への説明まで一貫したサポートが可能です。法的観点から必要な要素を押さえた告訴状であれば、受理される可能性が高まり、警察の捜査もスムーズに進みやすくなります。
インターネット上の悪質な誹謗中傷への対応として、民事上の損害賠償請求と刑事上の刑事告訴という2つの方法があります。いずれの場合も、専門的知識や手続きの経験が求められるため弁護士のサポートが不可欠です。
アークレスト法律事務所は、これまで数多くのネットトラブル案件に取り組んできた法律事務所です。投稿者の特定から損害賠償請求、刑事告訴に至るまで、迅速かつ丁寧に対応いたします。インターネット上の誹謗中傷や風評被害でお困りの方は、弁護士法人アークレスト法律事務所までお気軽にご相談ください。