近年、ネット上での誹謗中傷は社会問題にまで発展しています。その対策として、侮辱罪の厳罰化が検討されており、懲役刑を追加する案の妥当性が専門家の間で議論されることになりました。ここでは、侮辱罪が厳罰化された場合の影響とネット上の誹謗中傷への対応策を解説していきます。
目次
侮辱罪は刑法第231条に規定された罪で、成立要件は具体的な事実を挙げずに公然と人を侮辱することです。具体的な内容を見ていきましょう。
侮辱罪の法定刑は、「拘留又は科料」と規定されています。拘留とは「1日以上30日未満」の期間、身体の自由を奪われる刑罰で、科料とは「1,000円以上1万円未満」の金銭納付を命じられる刑罰です。つまり、侮辱罪の刑罰は「30日未満の拘留又は1万円未満の科料」となります。
侮辱罪は刑法の第2編第34章「名誉に対する罪」に含まれています。第34章は、すべて「親告罪」であることが特徴です。親告罪とは、被害者の告訴がなければ罪に問われない犯罪類型です。
親告罪の場合、被害者が告訴できる告訴期間は「犯人を知った日から6ヶ月以内」となっています。
また、検察官が起訴できる期限である公訴時効は犯罪行為が終了した日から1年です。この1年が経過すると、いわゆる「時効」になり、罪に問うことができなくなってしまいます。
侮辱罪と似たような犯罪に、名誉毀損罪があります。この2つの犯罪の違いは、「事実の摘示」があるかどうかです。「事実の摘示」とは、実際に確認できる事柄を指摘することです。例えば、「〇〇は刑務所に入っていた犯罪者だ」という投稿は事実の摘示に当たるため、それが事実か否かとは関係なく、名誉毀損罪に該当します。一方、「〇〇はもう年だから役に立たない」という投稿は、単なる意見や感想・憶測に当たるため、侮辱罪に該当します。
侮辱罪厳罰化の議論のきっかけとなったとされる事件が、プロレスラーの木村花さんの自殺です。2020年5月23日未明、テラスハウスに出演していた木村花さんは、インターネット上に書き込まれた誹謗中傷を苦に自殺に追い込まれてしまいました。
しかし、多くの誹謗中傷のうち立件できたのは2件だけで、その罰も9,000円の科料だったことから、現行の侮辱罪の法定刑が軽すぎるのではないかという意見が出てきたという経緯があります。
これを受けて、上川陽子法務大臣(当時)は、深刻化するインターネット上での誹謗中傷への対策として侮辱罪に懲役刑を導入し、厳罰化する刑法改正を法制審議会に諮問しました。
2021年9月16日、上川法相は、侮辱罪に懲役刑を導入する旨の刑法改正を、法制審議会に諮問しました。その内容は、現行の刑法上で最も軽い侮辱罪の法定刑に「1年以下の懲役・禁錮又は30万円以下の罰金」を追加するというものです。
犯罪被害者の情報の保護や戸籍法の改正、性犯罪に対処するための法整備などと合わせて、侮辱罪の厳罰化が議論されることになります。
刑法改正がなされ、侮辱罪が厳罰化された場合どうなるのでしょうか?考えられる変化と重要な論点を簡単にまとめます。
ネットの書き込みをした投稿者を特定するには時間が掛かります。その手続きには8~10カ月ほどかかる例が多いため、投稿に気づくのが遅れたり、手続きに時間がかかったりすることで手続き中に時効を迎えてしまうことも考えられます。プロバイダ責任制限法の改正により、開示請求に掛かる時間は今後短縮されることが期待できますが、施行はまだ先のことです。
侮辱罪の厳罰化が実現することで、公訴時効が1年から名誉毀損罪と同様の3年に延長されます。侮辱罪で摘発できる事件が増えることはまず間違いないでしょう。
刑罰の存在そのものが犯罪の抑止力になります。侮辱罪の法定刑が重いものになることで、ネット上での悪質な誹謗中傷の書き込みが減るものと期待できます。
ただし、侮辱罪の厳罰化が言論の自由との兼ね合いで議論を引き起こす可能性があることは指摘しておかなければなりません。
侮辱罪で有罪になる可能性があるのは、「ばか」「死ね」といった暴言を含む書き込みです。こうした特定の表現について侮辱罪で有罪とされるケースが増えれば、ネットユーザーは侮辱罪にならないように直接的な言葉遣いを避け、隠語やスラングで誹謗中傷するようになることも想像されます。
侮辱罪を盾にした単なる「言葉狩り」は、ネットの誹謗中傷の抑止効果にならないばかりか、ネット上の表現の自由を脅かすことになりかねません。
侮辱罪が厳罰化されたとしても、誹謗中傷の書き込みをした発信者を特定するのが難しいという根本的な問題は変わりません。
そもそもプロバイダ責任制限法が「通信の秘密」の例外規定であるがゆえに、プロバイダは情報の開示に消極的です。権利侵害が明白であるという場合でも、発信者の情報が開示されず、発信者の特定に時間が掛かるという問題はいまだ解決していません。
それでは、侮辱罪が適用されるケースに遭遇したら、現状どのような対処法が考えられるのでしょうか。大きく分けて、刑事上の処罰を受けさせる方法と、民事的手段で解決する方法の2つがあります。
誹謗中傷をした加害者を告訴することで、加害者に刑事上の処罰を求めることが可能です。告訴は、刑事訴訟法241条1項の規定に従い、「検察官又は司法警察員に」対して、書面か口頭で行います。
侮辱を受けた背景や告訴を行うに至った経緯を伝える必要があるので、通常は警察に告訴状を提出します。なお、侮辱罪の成立要件に該当していないと、受理されない場合がありますので、ご注意ください。
民事的な解決手段には、次のようなものがあります。いずれも法的な根拠や手続きが必要となるため、弁護士を通すことでスムーズに進みやすいです。
書き込みが投稿されたサイト上に削除申請フォームがある場合は、そちらを利用します。フォームがない場合は、プロバイダ責任制限法第3条2項2号に基づき「送信措置防止依頼書」をサイト管理者や運営会社に送付しましょう。
ネット上で誹謗中傷の被害に遭えば、だれでも精神的な苦痛を感じます。民法第709条、第710条に基づいて、損害賠償請求をすることが可能です。損害賠償請求の手続きは、弁護士を通じて行うことが一般的です。
ネット上での誹謗中傷に対して謝意を示す方法は、慰謝料の支払いだけではありません。誠意ある謝罪も、その方法のひとつです。被害者は加害者に対して、「真摯に謝罪してほしい」と求めることも可能です。
ネット上での誹謗中傷に遭って、なんらかの解決を望む場合は、弁護士に相談してみることをおすすめします。法的な解決を目指すときはもちろん、現実的な解決策を見つけるためのアドバイスを受けられます。
また、トラブルは第三者が取りなすことで、円満に解決することもあります。その役割には弁護士が適任です。
弁護士法人アークレスト法律事務所は、これまでネット上のトラブルの解決に鋭意取り組んできました。様々なケースに応じて適切な対応を提案することが可能ですので、誹謗中傷対策にお困りの方はぜひお気軽にご相談ください。