スクールロイヤーとは、学校で起こるさまざまな問題について相談に乗ったり、法的知識を活かして解決を目指したりする役割を担う弁護士のことです。
2020年度から各都道府県や政令指定都市など、全国各地に配置することを目指して地方財政措置が取られました。すべての学校に配置されているわけではありませんが、各地で取り組みが行われています。
しかし、スクールロイヤーの役割に不透明な部分があるのも実情です。そこで、本記事では、スクールロイヤー制度が導入された背景や、実際の活用事例、今後の課題などについて解説します。
スクールロイヤーとは、学校内のさまざまな問題の相談に応じる弁護士のことです。2020年度から、都道府県・指定都市の教育委員会が弁護士に相談する際の費用は地方交付税で負担することになりました。
スクールロイヤーは、いじめや不登校のほか、保護者対応や体罰など、幅広い範囲の問題に対応することが期待されています。
日本弁護士連合会は、「スクールロイヤーの整備を求める意見書」の中で、「学校で発生する様々な問題について(中略)法的観点から継続的に学校に助言を行う弁護士」を活用するよう提言しています。
日弁連の言葉を借りれば、スクールロイヤーは「子どもの最善の利益を念頭に」置き、「法的な観点から学校に助言を行う」存在です。ここでは、学校運営のためというよりも、子どものための学校を実現するためにスクールロイヤー制度を活用することが求められています。
一方、文部科学省はスクールロイヤーを学校の顧問弁護士のようなものと位置づけているようです。学校では、子ども同士の問題だけでなく、子どもと教師の問題、保護者と教師の問題などが発生することもあるでしょう。このような問題に対して、教職員を法的な観点からサポートすることを期待しています。
スクールロイヤーは、学校に常駐するわけではありません。全国には非常に多くの学校が存在しているため、すべてにスクールロイヤーが常駐するのは現実的ではないといえるでしょう。
スクールロイヤーの多くは、普段は法律事務所で弁護士としての一般的な業務を行っています。その上で、学校の問題について相談があった際にだけ、アドバイザーとしての役割を果たすのです。学校で問題が起こった際、学校や教育委員会では対応しきれないときや、法的な知識を有する弁護士の助言が必要なときに、適宜スクールロイヤーへの相談が行われます。
スクールロイヤーが対応する主な業務は、以下の3点です。
不登校やいじめといった、子どもに関する問題についての対応です。
ただし、スクールロイヤーは「いじめの有無や加害者を特定する」「加害者を糾弾・処罰する」といった役割を担うものではありません。法的な観点に基づき、対処法や今後の予防策などを講じて学校に助言を行います。
スクールロイヤーの業務には、保護者からのクレーム対応なども含まれます。これは、直接スクールロイヤーが保護者の説得や対応をするということではありません。保護者への対応方法や法的な問題を学校側に対して助言するという意味です。ただし、自治体によっては、保護者や児童から直接相談を受け付ける機会を設けているところもあります。
子どもの問題や保護者の問題のほか、教師による体罰や、指導を行う上で発生した問題、学校内での事故などに関する相談や対応も、スクールロイヤーが担います。学校内で起こる問題のほとんどがスクールロイヤーの対応範囲内だといえるでしょう。
学校現場では、日々多くの問題が生じています。こうした問題が起こる背景には、子どもを取り巻く現代の複雑な環境があると考えられます。では、学校で問題を引き起こす環境とはどのようなものでしょうか。
学校に通う生徒の中には、親からの虐待や、貧困、ヤングケアラーといった家庭環境・養育環境の問題に直面している子どももいます。核家族化やひとり親家庭の増加とも関係している問題です。
特に都市部において見られる傾向ですが、近隣との付き合いがない家が増えています。「地域全体で子どもを育てる」という環境は、現代の日本ではあまり見られなくなってきました。
近隣の大人が子どもにさまざまなことを教えるという時代ではないため、学校教育への期待と学校側の負担が過度に大きくなってしまっていると考えられます。
ひとりっ子や共働き家庭が増加していることから、家庭内での教育や、兄弟姉妹との遊びの中で学ぶ機会が減っています。また、子どもがインターネットを利用することによる問題など、親の目の届かないところでのトラブルも発生するようになりました。
近年では、学校に過度の期待や要望を行う「モンスターペアレンツ」と呼ばれる親の問題も取りざたされています。教員がこのような保護者への対応に追われ、本来の業務である子どもの教育に十分な時間をかけられなくなってしまうようでは、本末転倒だといえるでしょう。
もちろん、このような保護者はごく一部です。しかし、多様化が進む中で、さまざまな考えの保護者すべてに納得してもらう教育を実現することは非常に難しいことです。
次に、スクールロイヤーに関する文部科学省や各地方自治体の取り組みについて紹介します。
文部科学省は2017年に「いじめ防止等対策のためのスクールロイヤー活用に関する調査研究」という名目の予算を計上しています。この時点ではいじめ対策がスクールロイヤーの主な対象と考えられていましたが、その後、2018年には対象をいじめに限定せず、学校で起こるさまざまな問題の解決を支援する存在として位置づけし直しました。
2020年には「教育行政に係る法務相談体制の充実について」を発出し、スクールロイヤーの制度を充実させるための施策を打ち出しました。
2020年に文部科学省がスクールロイヤー制度の推進を決める前から、スクールロイヤー制度を独自に設けている地方自治体もあります。いくつかの例を紹介します。
港区教育委員会は、2007年度にスクールロイヤーの制度を取り入れました。公立幼稚園・小中学校ごとにスクールロイヤーとなる弁護士が登録されています。校長・教員からの相談は年間40件弱程度寄せられ、学校内の問題解決や教員の心理的負担の軽減につながっているということです。
大阪府では、2013年度にスクールロイヤー制度を導入し、年間100件前後の相談が弁護士に寄せられています。教員や学校側が法的な根拠に基づく対応ができるようになることから、自信を持って問題の対処に当たれるようになったということです。
三重県は、いじめ防止対策の一環としてスクールロイヤー制度を導入しました。弁護士が教職員を対象にいじめ事例の研修をしたり、教員と弁護士が協力して学校で「いじめ予防授業」を実施したり、「こども弁護士ダイヤル」を設置して直接子どもからの相談を受けたりしています。
大分県では、2018年にスクールロイヤーを設置し、初年度は年間38件の相談を受けました。大分県では法律相談や出張授業、教員向けの研修をするだけでなく、子どもや保護者を対象とした電話相談も受け付けています。
2020年度から都道府県・指定都市の教育委員会が弁護士に相談する際の費用が地方交付税で負担することになりましたので、スクールロイヤーの利用が全国的にも進んできています。
文部科学省では、「教育行政に係る法務相談体制の整備等に関する調査 」を実施し、スクールロイヤーへの相談体制の有無、法務相談案件の内容などについて、以下のような調査結果をまとめています。
スクールロイヤーに相談できる体制の有無については、以下のような調査結果が出ています。
相談体制がある | 相談体制がない | |
都道府県 | 39(83%) | 8(17%) |
指定都市 | 16(80%) | 4(20%) |
中核市 | 40(64.5%) | 22(35.5%) |
市町村等(中核市を含む) | 194(11.3%) | 1524(88.7%) |
スクールロイヤーに相談できる体制のない自治体であっても、その多くは自治体の顧問弁護士や法曹資格を持った常勤・非常勤職員による相談体制が整備されているところがほとんどですので、教育委員会が弁護士に相談できる体制の構築はできているといえます。
中核市、市町村等において、スクールロイヤーに相談できる体制の構築を検討していない理由としては、以下の理由が挙げられています。
・自治体の法務全般に関与する顧問弁護士で十分対応できているため
・予算の確保が難しいため
・弁護士に相談すべき案件が特にないため
・相談できる弁護士を確保することが難しいため
・都道府県が実施、提供している法務相談体制の活用で十分対応できているため
・教育委員に弁護士がいて、ある程度の相談が可能なため
・制度設計にあたる人員の確保ができていないため
スクールロイヤー配置済みのほぼすべての自治体において、スクールロイヤーは学校への助言・アドバイザー業務を行っています。スクールロイヤーのその他の業務内容としては、以下の業務が挙げられます。
・研修業務
・出前授業
・保護者との面談への同席等
・代理人業務
・その他(答弁書、準備書面等の作成・訴訟追行の支援)
また、スクールロイヤーへの法務相談案件の内容としては、「保護者等からの過剰な苦情や不当な要求に係る対応」や「いじめに係る対応」が多く、そのほかの相談案件としては、以下のようなものが挙げられます。
・学校事故に係る対応
・触法、非行、暴行等の問題行動に係る対応
・教職員の不祥事に係る対応
・個人情報保護関係
・学校事務に係る対応(外部業者との契約、給食費の回収)
・不登校児童生徒に係る対応
・障がいのある児童生徒に係る対応
・児童虐待に係る対応
学校がスクールロイヤーに相談をする手順については、学校からの依頼を受けて教育委員会が相談をする自治体や、学校管理職または教職員が教育委員会の事前の了解を得て直接相談できる自治体など、教育委員会が事前に関与する自治体が多いです。
なお、スクールロイヤーへの実際の相談手段としては、対面相談を実施している自治体が多いですが、電話・メール・オンライン(webミーティング)といった非対面の方式も併用しています。
スクールロイヤー制度は、発足してまだ日が浅いため、さまざまな課題や問題点が指摘されています。以下では、スクールロイヤー制度の課題・問題点などを説明します。
スクールロイヤーには、明確な定義があるわけではありません。
日弁連は、スクールロイヤーを「学校で発生する様々な問題について(中略)法的観点から継続的に学校に助言を行う弁護士」と位置付けていますが、文部科学省は、虐待・学校や教育委員会への過剰な要求・学校事故の対応など、スクールロイヤーに代理人業務も含めているようです。
このようにスクールロイヤーの立ち位置や業務内容が不明確であるため、スクールロイヤーに選任された弁護士もどこまで対応すればよいかわからず、対応が不完全になってしまうこともあります。
今後は、スクールロイヤーの定義や業務範囲を明確にすることが期待されます。
スクールロイヤーは、学校教育について必ずしも詳しい人がなるとは限りません。スクールロイヤーになるには、弁護士資格以外の条件には特別な資格が要求されておらず、教師としての現場経験、教員免許、教育学の学位なども必要ありません。
そのため、教育現場の実情を理解していない弁護士でもスクールロイヤーに選ばれてしまうのが現状です。
しかし、日常的な児童生徒指導の問題や不登校の問題については、法的知識や経験だけでは判断が難しく、教育現場での経験が不可欠となります。スクールロイヤーだからといって、学校教育から生じるすべての問題に対応できるわけではないという点には注意が必要です。
今後は、スクールロイヤーとしての資格制度の導入なども検討していく必要があるかもしれません。